マスキングソフト解説: 中級編(外耳道閉鎖効果あり)
次に「外耳道閉鎖効果」ありの場合です。初級編と異なる点のみを説明します。
低い周波数において、気導受話器(イヤホン、ヘッドホン)で外耳道を塞ぐと、同側の骨導閾値が低下する(よく聞こえるようになる)不思議な効果があります。
また、さらに不思議なことに伝音難聴(ABギャップ)があると、この効果が消失・減弱することが知られています。このように骨導閾値が様々な要因で修飾される(動いてしまう)のは聴力検査、特にマスキングの解説が一見複雑怪奇なものに見えるのに一役買っているようです。
本ソフトウェアは、これらの効果を(学問的には必ずしも厳密ではないかも知れませんが)少しでも分かりやすく解説することを目的としています。
※外耳道閉鎖効果の詳細については成書(日本聴覚医学会編「聴覚検査の実際」など)を御参照下さい。
本ソフトウェアにおける仮定(思考実験)
仮想的ではありますが「ぶれない」指標として以下の2つを導入します
- 蝸牛固有能(Cochlear Reserve):外耳・中耳伝音系が正常の構造であった場合に測定される気導閾値(理想的な骨導閾値とも言えます)
- 固有気骨導差(Inherent Air-Bone Gap):気導閾値と蝸牛固有能との差(理想的な気骨導差とも言えます)
実際に測定される骨導閾値は蝸牛固有能の修飾であると考えることにします。修飾要因の主なものは
- 低・中音部では、外耳道閉鎖効果・伝音障害の効果(互いに相殺)により骨導閾値は低下
- 中・高音部では、伝音障害の効果(いわゆるCarhart効果)により上昇
などですが、Aについては定式化が難しいので、@のみをモデリングするために以下の仮定を置きます。
- 外耳道を閉鎖すると骨導音は蝸牛において増強される、すなわち進行波が高くなる。(想定される理由等については成書を御参照ください。)
- ABギャップがある場合もその大きさに比例して骨導音が蝸牛内で増強される。ただし、これは上記の効果以上にはならない。
中耳インピーダンス整合の破綻により外耳道閉鎖と同様の効果がすでに起きているという考え方です。Weber法で伝音難聴側に偏倚するのもこれで説明可能です。
- あくまで「骨導」音のみに対する効果であり、「気導」音には当てはまりません。
以上は学問的に検証されたものではありませんが、おそらく大きな間違いではなく、聴力検査マスキングの理解がより容易となるために採用しました。(幾何の問題における補助線のようなものとお考えください。)
パラメータの説明
初級編との違いは外耳道閉鎖効果(OC)を正の値に設定する点です。
- CR:(左右)蝸牛固有能(かたつむりマークで示しています)
- AB:(左右)固有気骨導差
- OC:外耳道閉鎖効果による骨導閾値低下幅
- TA:気導両耳間移行減衰量(初級編参照)
- TB:骨導両耳間移行減衰量(初級編参照)
- 外耳道を閉鎖した場合、骨導音はOCだけ増強されます
- 外耳道を閉鎖しない場合、骨導音はmin(AB,OC)―ABとOCの小さいほうの値―だけ増強されます
これで自動的にABギャップの効果と外耳道閉鎖効果は相殺されることになります
蝸牛における(修飾を受けたあとの)純音音圧が蝸牛固有能(かたつむりマーク)レベルに達しているかどうか、また同様に修飾を受けたマスキング音が蝸牛においてどのレベルにあるか(純音レベル以上でマスキングがかかる)を可視化します。
骨導検査の例
右側からの純音(骨導音)は
- 同側(右)ではABギャップがある場合のみ増強されます。(オレンジ色のバーで示されます。)
- 反対側(左)へ伝わった骨導音はヘッドホンによる外耳道閉鎖により必ずOCだけ増強されます。
左側からのマスキング音(気導音)は
- 同側(左)では気導音なので影響を受けません。ABギャップ分だけ減衰して蝸牛に伝わります。
- 反対側(右)へは骨導音として伝わりますが、外耳道閉鎖はないので、ABギャップがある場合のみ増強されます。(灰色のバーで示されます。)
気導検査の例
右側からの純音(気導音)は
- 同側(右)では気導音なので影響を受けません。ABギャップ分だけ減衰して蝸牛に伝わります。
- 反対側(左)へは骨導音として伝わり、外耳道閉鎖によりOCだけ増強されます。
左側からのマスキング音(気導音)は
- 同側(左)では気導音なので影響を受けません。ABギャップ分だけ減衰して蝸牛に伝わります。
- 反対側(右)へは骨導音として伝わり、外耳道閉鎖によりOCだけ増強されます。
マスキングプロフィール
初級編と同様ですが、蝸牛固有能を蝸牛マーク(右:赤、左:青)で示しています。このマークと気導閾値(右:○、左:×)の差が固有気骨導差です。
骨導測定時に反対側の外耳道閉鎖効果によって、マスキング無の骨導閾値(右:<、左:>)が逆転(感音難聴側がより良い閾値に)する場合があることが分かります。